4th room

'05/08/29開設。本名による文系ブログと使い分けて、こっちは時事・政治問題を中心に。
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更新をサボっているあいだに、マンション強度偽装事件やら広島女児殺害事件やら保守派論客・西村真吾議員の逮捕やら、不謹慎だけれどブログ(思索にかたちを与える場所)のネタとしてはこれ以上にない出来事が、いくつもあった。(最初のは直近の書き込みの時点ですでに顕在化していたかもしれない。)
だが私はといえば、朝刊の見出しに驚くでも夜のニュースでキャスターの発言に憤るでもなく、ただ虚ろに、眼前に積み重なった仕事をこなすことで手一杯の状態である。
このたびの繁忙は12月5日の東京での公務までがひとつのピークで、その途中、3日に高知でこなさなければいけない難事があって、さらにそこに通常業務が加わって、と、これらの平行作業がそれぞれの準備の効率を下げている。たぶん一生のうちでもめったにない1週間だろう。
というわけで惜しまれるのは、ふだんであれば高知であれ東京であれ、プイとクルマを飛ばして行くところなのに(前者など一日の運転量としてはちょうどいい距離だ)、前の晩の睡眠が確保できないとかクルマを運転する時間も電車だと仕事の準備に充てられるだろうとかの理由で、この忙中の楽しみにさえ自身で躊躇している点なのである。
最悪の気分である。
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2005.11.30.Wed 21:18 | 私事 | trackback(1) | comment(0)
病み上がりということで2日遅れの話題となることは許してほしい。
そう、話題はタイトルに読まれるとおりである。
一昨日の東京国際女子マラソン。ぐったり横たわる居間のソファーからリモコンを操作した瞬間、高橋尚子のゴールに出くわすことになって、そのこと自体はそれなりにラッキーと思いもしたのだがその後の、プロ野球でいういわゆる「お立ち台」でのインタヴューで、がんばっていればいつか夢はかなう式の「演説」を聞かされ、しかもそれが三十台、四十台の、若者のレッテルをもう貼られなくなった世代を代表するようなものだったので心底、私は興ざめした。
そんなに甘くはないのだよ、世の中は。というより、マイクを向けられてあんな教訓的なことを話すかね。
――と、私が根っからのひねくれ者であることはもうバレバレなのでもっと書くなら、2年前に高橋尚子を置き去りにして優勝して今回は2位か3位に甘んじたアフリカ人選手は、もともとそうしたキャラクターとして召喚されたのではなかったか。(ついでながら、彼女の勝利をおびやかす日本人選手がそもそもエントリーしていなかったのいも大きい。)
私が興ざめした「演説」を聞いて喜ぶ姿がテレビ(そしておそらくは競技場の巨大モニタ)に映し出された小出「監督」(とカッコ付きで書くのは今は彼女の指導者じゃないからね)も、そもそもほんとうに喜んでいたのだろうか。オレんとこを出て、ひとりでチーム作るなんて生意気なことして、その結果、本番に向けた調整ミスで失敗して、やっぱり元「監督」は偉かった、と世間に、そして高橋尚子本人に、いわせたかったのではなかったか。
――と、書けば書くほど自分の人間性に「?」をつけたくならないでもないのだが、けれど匿名ブログという場処でなくて、どこでこんなことが書ける(苦笑)?
2005.11.22.Tue 06:33 | スポーツ | trackback(0) | comment(0)
私は三十を過ぎて喘息を発症し、それが慢性化した、不幸な人間である。
なので、それ単体の発作のことは、もちろんふだんから気をつけているが(激しい発作はもう何年もない)、厄介なのは風邪で、軽度のものでも気管支が荒れて、喘鳴〔ぜんめい〕に苦しむことになる。
   *
その風邪の予感を感じたのは、先の記事を書いた17日(木)の、その日の仕事の準備をしていた前夜、というよりももう明け方近くのこと。
そして朝が明けた、いつもながらの週のうちの最繁忙日は、時おり咳をする程度で乗り切って、それで翌18日が恵まれた週の金曜日のようにフリーであったのなら休息をとって一気に快方に向かったのだろうが、あいにく重大な会議のしかも議事進行役が夕刻に控えるというので一日がその準備でつぶれ、そしてまた今日19日(土)も午後、100人ほどの聴衆を前にして1時間、滔々とわが組織を代表した話をしなければならない(しかもパワーポイントの準備が要った)というので、休む間もなく、その結果、「風邪は三日目がいちばんしんどい」を地で行くような悪化のプロセスをたどったのだった。
   *
ということで、いまはこれを書くのもしんどい状態なのだが――でも横になると喘鳴がうるさいのだよ――、それにしても、プロだ、と自分を見直したのも確かである。
というのも、ほとんど喘息の軽発作のような状態が続き、歩くとすぐ息が切れて咳き込んでしまうので、会場にずいぶん早く乗り込んで、ひとり息が落ち着くのを待って、何事もないかのように事を運ぶのだからである。
そして物理的/身体的に拘束される90分や60分が過ぎると、トイレに駆け込んで、気管に溜まった痰〔たん〕を排出するために咳き込み、この寝汗をかいたような状態でここで死んでしまうんではないかという、おぞましい予感に囚われたりするのである。
   *
だが、ものは考えようだ。
私はこうした苦しい瞬間に――あるいはここまで苦しくなくても呼吸の乱れが起こらないようにゆっくり歩いている瞬間に――、いちばんこの身体の不自由を感じ、ひいては「生きている」という意識を強く抱くことになる。
とくに、呼気を吐くときに口をすぼめる(そうすると楽なのである)行動が、疲労の極みのなかでなお維持されていることに気づき、あるいはそうかと思えば、このままずっと眠ることができないのではないか、と暗澹とした気分に浸っていたはずなのに眠気が喘鳴にさえ勝って、気づいたら朝だったとき、とか。
まあ、これは、喘息を患う者にしか味わえない悦びやね。
2005.11.19.Sat 23:58 | 私事 | trackback(0) | comment(0)
10月6日付の「私の職場は左翼まみれ」にも書いたようなわけだから、米国大統領ブッシュがすぐ近所をかすめた昨日は、そりゃあ「戦争反対! 訪日反対!」のシュプレヒコールくらい聞こえたさ――と書きたいところだけれど、何にもなかったなぁ。ほんとにハードな左翼連中は衣笠山の麓あたりでのんびりしているのではなく、ちゃんと御苑に声の届くあたりでデモ行進に加わっていたのかしらん。
というわけで、私が昨日、職場で聞いていちばん印象的だったのは、「私、ノンポリやし、ブッシュさん来はったからいうて別になぁ」てな、ほとんど死語といいたい単語を含んだ会話なのだった。
そう、その昔はノンポリといって政治的関心をもたない(nonpolitical)学生を揶揄したものだった。
否、正確にいって、私が大学生時代を過ごした1980年代前半でももうすでにそれは死語に近く、先輩らに「こんな学費値上げにわれわれだったら集会開いて反対したけどな」といわしめたほどだったのだが、このたびのブッシュ訪日にあたってそれらしきものが開かれたのはほんとうに御苑近くの限られた(仕切られた)区域でしかなく、逆に、米国追従イラク派兵への反対世論などどこに行ったといいたい凪〔なぎ〕のような状態が全国的に支配していたといって過言ではない(京都を出られない私の単なる予測)。
ついでながら、しかし先のようにノンポリを自称した女性はそのあと別の話題にかかわって、いかにも単細胞的なジェンダー論を展開していて、「おいおい、いまはそういうのがポリティカルちゅうのんに当たるんでっせ」と、つっこんでやりたくなった。
で、「左翼」まみれ、と私がわが職場を形容するのもそういったレベルで。
そして、だとしたら真正の意味で政治的たるを表現する言葉を探さねばならないかな。ハード・ポリティカル?
まるで、いま流行りのハード・ゲイみたいだ(苦笑)。
2005.11.17.Thu 04:05 | 政治 | trackback(0) | comment(0)
ヘリが、御苑からけっこう距離のあるウチの近所でも飛び回っている(さすがにすぐ上空ではないはずだがバリバリという音がすごい)。
明日はウチの子が通う小学校の5年生が「沿道」で日の丸と星条旗を振るらしい。ということで、公式には発表されていないがこうしてバレている経路を通って、ブッシュはわが近隣の金閣寺を明日、訪問することになる(だからヘリが近くを飛んでるんだ)。
でも、金閣寺って、行ってみるとけっこうガッカリするぜ。なんだか金色の折り紙を貼りつけた工作みたいで。
そのブッシュが最後に曲がる幹線交差点付近に以前、農林系のパストラルというホテルがあって、ところが業績悪化で売却となったという一件があったとき、金閣寺はポンとキャッシュでそれを購入した(ン十億円した)。得体の知れない開発業者に売られて景観を壊すことを阻止した、として一部の御用メディア(?)は美談として報じたが、その場所は、たしかに左大文字の火が灯る山肌をは見渡せるようにはなっているがそのじつ殺風景な、この観光名所を訪れるクルマのための巨大な駐車場となっている。
警備に当たっている6000人近くの警察官諸氏ともども、ご苦労なことだと思う。
   …
(めずらしいな。連日の書き込みだ。ちょっと復活したかな?)
2005.11.15.Tue 18:48 | 政治 | trackback(0) | comment(0)
まずは前回記事の補遺のように書き始めるのだが、オンナの年齢といえば今日めでたく婚姻の日を迎えられる皇室ご令嬢の件もある。
先日、宮内庁から発表されたお二方の姿が、新郎となるK氏の趣味のカメラを愛でる、われわれの周囲のオタクどものそれとさして変わらぬものだったので、かえって微笑ましかったが――と根が「右寄り」の私は最大限好意的に書くのである――、いずれにせよ、ともにそこそこ「いい年齢〔とし〕」での婚礼となるのであることは、間違いない。
世が世ならこうして「いい男性〔ひと〕」と出会うまで周囲が待ってくれる、なんていうこともなかっただろうと、この状況への祝福もあわせて。
   *
ところで、本来ならヘンな民間ホテルでではなくココでお二方の披露宴をおこなってもよかったのではないか、と思われる新迎賓館に今日、米国大統領ブッシュがやってくるというので、いま京都の町はてんやわんや(古めかしい言い回しだ)の状態である。
否、新迎賓館がある御苑への一般人の立入りが禁止となったのは昨日からだが、警備の強化は早くからひそかに始まっていて、ウチの子が剣道に通うN署の道場も全国の警察署からの応援部隊の臨時宿泊所となって、お稽古じたいがここ2週間お休みといったありさまである(剣道を辞めたい子どもは大喜びである)。あるいは、一昨日など出町柳の賀茂川の分岐点一帯には、東京は足立ナンバーの装甲車などが何台も停まっていて、ヘンに懐かしかったりした(学生時代に足立区の安アパートに住んだことがある)。
   *
本題――そういったわけで京都の、ただでさえ毎秋、観光バスに「襲来」される道路事情がこの件でさらにその混雑に拍車がかかっている状況について。
御苑の周囲数キロの範囲には、なるべくクルマで立ち入らないほうが無難といわねばなるまい。ただ混んでるだけでなく、要人移動の際には一帯に交通規制が敷かれて、しかも要人ゆえそのコースとスケジュールが事前に公表されない。
というわけで、ウィークデイに久びさに空き時間ができるというので御苑北端から徒歩15分の場所にある、わがお気に入りの美容院に行くのに今朝は私も、なんとも細君のママチャリを利用することになる(いつもはクルマ)。そしてそのあと、午後の滋賀県某所での公務のためにクルマを駆るにあたっては当然、御苑近辺をかすめて三条、蹴上、京都東ICと向かういつものコースをとらずに、北大路通から比叡山側のいわゆる「山中越え」を利用する遠回りの経路をとることになる。
   *
「なんでブッシュのために」と実際、私の周囲の人間は愚痴っている。
だが、「右寄り」であるように同時に「親米」でもある――そしてこれだけ嫌われるのには逆に美点もあるからだろうとブッシュにさえ好意を抱く――私は、愚痴のひとつもこぼさずに、わが町・京都にふりかかってきたこの秋の災禍を逆に祝福することになるのである。
2005.11.15.Tue 04:59 | 私事 | trackback(0) | comment(0)
正確な日付のことは大目に見てほしい(休み明けのリハビリ的文章でもあるので)。
数日前の、ともに選挙戦をたたかった佐藤ゆかりと野田聖子の両衆院議員が「地元」岐阜で同じ会合に出席した、という記事にまつわって。
いや、記事の「中味」のほうはほとんどどうでもいいのだが、前者に「(44)」、後者に「(45)」と、もちろん年齢を示すカッコ( )が付されていて、もう分かってるし、そもそも女性の年齢のことはエエやんか、という気持ちにさせられたので。
と同時に、片方(後者)は同じ自民党の腑抜けで年下の参議院議員と結婚して、不妊がどうのこうとと公言までしていて、その意味ではおおいに微妙な年齢で、他方(前者)もまた、私も含めた老若問わぬ男性に「萌え」る気分なんかを味わわせておいて自身は自由に(というのも独身なんだから)異性とセックスに興じることもできない(少なくともオトコ関係は衆人環視の下に置かれているのも同然である)不遇にある、といったことに無頓着でいられないのも確かである。
そう、やはり二人ともオンナで、それなりに年齢を示すカッコ( )が意味を有する存在である、ということだ。
   *
という観点でさらに数日、過去のエピソードへと遡っておくと、本田美奈子(38)が白血病で逝った際の通夜や葬式の場面でカメラの前に登場することとなった、故人と同世代のオンナの数かず――。
南野陽子(38)はそこそこテレビに出ていたが、名前だけ聞いたらすぐに思い出せないような立花理佐(34)なんかに至るまで、(フランス風ポルノ小説ではないが)喪の衣装にももちろん助けられられながら、それぞれにオンナがオンナである微妙な年齢の只中にいることの証としての色気を、発散していた。
その点、私の眼には、亡くなった本田の「(38)」もしくは「享年」という句が付く代わりにカッコ( )は外される「38」の表記そのものが、その死にもまして痛々しかった。
というのも、彼女の風貌には、せいぜい二十歳台で放棄されるべき幼さが刻まれ続けていて、ゆえに、本人や周囲が越路吹雪ばりの成熟(=老い)を期待したらしいことがこの死によって終止させられたことが、私には逆に救いのように思われたからだ。
そうだ、少女から、しかしオンナを通り越して到達する老成は、女性については見ていて苦しい。――といったことを、本田美奈子の遺作CDやそれと連動して作られたHPの写真は、私に思わせる。
もちろんこれは、クラシック・マニアのひとりとして彼女の歌声を耳にし、オペラは観るのではなく聴くものだという風説に従うようにそのCDを手にしていた私の、失われた豊かな才能への捩れた鎮魂なのでもあるのだが。
   *
と、文章は悪文だが、推敲なんかする時間はないので、このまんまで。
2005.11.14.Mon 01:45 | | trackback(0) | comment(0)
さっき久びさに更新したのに、もう次のを。
だってね、書き物だけ読んで以前から気持ち悪い輩だと思っていたがナマで見ると、小森陽一という男、相手の話に応接するというよりも前もって考えていた持論をもったいぶって話す仕方やら、ひとを指差す仕方やら、思った以上に気持ち悪い。(顔やファッションもむろん。)
しかもその隣には姜尚中が。
寝つきが悪くなりそうだな、今夜は。
2005.11.05.Sat 02:51 | メディア | trackback(0) | comment(0)
思えば8月末にこのブログを開設したときの最初の記事のタイトルが、「少子化の理由」だった。
そこにも書いたが、少子化はセックス(肌と肌を実際に重ねる)が人間の生活のなかで占める比重の低下が根源的な理由であるわけであって、ゆえに政府が「男女共同参画」の観点で子育て支援策を打ち出したところで、わずかな実効性しか上がらないだろう(まったく効果がないことも考えられるし、そもそも少子化対策と男女共同参画は矛盾するかもしれぬ点への顧慮も足りない)。
   *
だから、このブログの世界ではもう旧聞に属するのだが、あの少子化担当相という大臣枠には笑ってしまった。厚生省の1プロジェクト・チームが組織されるならまだ分かるが、大臣――直下のお役所をもたないヴァーチュアルな――を置くかいな?
しかも猪口邦子女史にその椅子につかせて、そうすると、要するに若い男女に「ヤレ、ヤレ」とけしかける役目を、また女史も女史で「ヤリがいがある」なんて、ことによるととっても恥ずかしい言葉で表現してしまって、顔を赤らめることしきりだった。(二人の娘さんがいるという女史の若き日の性交場面を想像してしまったのは私だけだろうか。)
ついでながら、こんな閣僚中もっとも重みのない大臣職に任命されたことを、この国の優秀なる学者さんがアレほど喜ぶかねぇ。
   *
そうだ。少子化対策だったら、あの杉村太蔵に「みんな、セックスって楽しいゾ。しかも快楽が未来の日本を支えるんだ。オレはいまじゃ前の彼女に子どもを堕ろさせたことを後悔している」なんて、いわせればいい。ニート対策なんていう、どうでもいい(ということはないが少子化相と同程度に国策としてはアリバイ作りの匂いが強い)役を割り振るのも、まあ悪くはないけれども。
2005.11.05.Sat 01:23 | 政治 | trackback(0) | comment(0)



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