4th room

'05/08/29開設。本名による文系ブログと使い分けて、こっちは時事・政治問題を中心に。
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例の、NHKの番組内容改変にあたっての政治家による圧力の問題――。
その記事を捏造した朝日新聞は今夜、「外部の識者」によるヤラセ調査の結果を報告したが、そのなかに「真実と信じた相当の理由」という、実は法廷ではしょっちゅう聞かれる文言が含まれていた。
アホか。こんな一番あいまいな表現でメディアが自己弁護してどうする?
「信じる」側の主観に優しいこの言い分は、まっとうな言語感覚をもつ人間にはほとんど、記事の内容が「真実ではない」ことを直観させて、あまりある。
と、クールに理解して、ここは朝日のことを笑っておいてやろうではないか。
   *
ついでに、明日の朝刊では上の真理から焦点をズラすために朝日が特筆大書するであろう、小泉首相の靖国参拝違憲の大阪高裁判決についても――。
左寄り(左巻き)裁判官が単に私情を語ったものとしたいところだが、原告の控訴を棄却したうえでの吐露だから、裁判制度とは何なのかともう一つ心から笑えない。
「一太郎/花子」(ジャストシステム)にかんする松下電器による不当な特許訴訟同様、控訴審(次は最高裁!)でひっくり返されるだろうが、いずれにしても寝つきが悪くなりそうな夜である。
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2005.09.30.Fri 21:40 | メディア | trackback(4) | comment(1)
首が回らないとはこんなことをいうのだろう。滅茶苦茶いそがしい。
テレビもほとんど見る時間がない。
するといきおい、ブログに書き込む話題にも事欠く。
「ない」わけではないが、数日前は文句をブツブツいいながらでも杉村太蔵にまつわる報道を見て「消費」していた。
   *
今夜は帰宅が少し早かった。
テレビだ、テレビだ。
優勝に向けてラストスパートの阪神タイガースの勇姿を映し出している。
私が住む地域では、優勝が決まった当夜は朝まで特番という局もある。
いかにファンであっても、今夜は誰がつきやってやるものか(明日もまた激務だ)。
中日ドラゴンズもいま裏で別の試合を戦っている。
そっちで勝っても、阪神は自力で勝って優勝決定である。
ざまあみろ落合。すでに優勝した気分で何度となくつぶやいている。
オレ流でかならず勝つんじゃないのか、君の理論でいけば。
このあいだ不当な審判で苦戦したさいに、しかし岡田采配で阪神が勝ったときの、落合がもちろん別のニュアンスも込めていった「監督の差で負けた」の言を、字義どおりにとらせてもらうよ。
   *
だめだよ落合なんて。
夫人がアレだ。
最近はあまりマスコミに出ないが、子どもも小学生にしてずいぶんヒネていた。
そんな落合・中日に昨年、優勝を奪われためぐりあわせを、私は憎悪する。
そして今年、二軍監督時代からきっちりと選手を育てた岡田監督の下で阪神タイガースが優勝すること(まだ8回表で決まっていない)を、私は祝福する。
   *
それにしても、巨人軍主催ゲームをもう今季の残りは放送しないことを決めたのに、阪神優勝の瞬間は流すことを決断した日テレの心境たるや、いかばかりであろう。
いや、テレビ屋は視聴率のためなら何でもするか。
2005.09.29.Thu 20:26 | スポーツ | trackback(0) | comment(-)
「早くも杉村太蔵クンは過去の人物だ」と書いた翌日に「所信表明」記者会見を開いたね、彼。
会見を開く以前からネット上にはこの軽率な男へのエールが溢れていたから、いまはますます共感の渦が広がっていることであろう。
見るのも鬱陶しいので書くこともしないでいたが、検索すると引っかかるからか、過去のタイゾー批判記事へのアクセスがとても多い。
ということで、そうしてこのあまのじゃくの部屋を来訪された方々がヒットして訪れた記事を読んだついでに最新記事も読まれる可能性も思って書くのだが、こんなのはしかし、記者会見を開いて一回反省を述べて済む問題ではない。
過去、不当にもネット上ではこの男の軽率を批判した森義朗を批判する記事さえ多々読まれたが、すでに書いたとおり、吐かれただけで国会議員としてふさわしくない(辞職〔クビ〕に値する)類の発言を彼はいくつもしている。
ところが、こうして神妙な記者会見をさせて同情を引こうとする。圧勝なった自民党の傲慢さをむしろ感じる(私は自民党支持者だけれど)。
「かわいそう」とか「がんばれ」とか書いてるのは完全にその詐術にひっかかってるのだ。
そしてこういうのこそ、民主党をはじめとする野党がやるべき批判なんだよね。
負けたから、負け犬の遠吠えのようにとられるのを避けようというのはわかる。
が、遠吠えは必要なのだよ、前原誠司クン。
2005.09.28.Wed 04:52 | 政治 | trackback(6) | comment(-)
佐藤ゆかり氏がいわゆる靖国問題にかんして「A級戦犯分祀論」を主張しているらしい。
そういう知識をさる方のブログで得て、正直、私は少し落ち込んだ。
が、経済では兵〔つわもの〕でも外交には弱い、というのも、いま(初登院直後)ならまだ許せるのではないか。
小泉劇場もその熱が冷めて、早くも杉村太蔵クンは過去のひとだが、首相の所信表明にたいする感想となったりすると佐藤氏が(批判するしか能がない野党党首はさておくなら)一番先に登場してくる。
ソツなくこなす――それ以上に言葉遣いが片山さつき氏のように「べらんめえ口調」にならない――姿をみて、やはりタダモノではないと、私は少し気をもち直す。
がんばってね。そして靖国問題についてもちゃんと勉強してね。
2005.09.27.Tue 01:51 | 佐藤ゆかり | trackback(1) | comment(1)
昨日に続いて、「成功」を喜ぶ人が多数いる状況に水を差してしまうようだが――。
中部圏からの入場者が全入場者に占める割合が約6割には、驚いた。が、聞けばそのなかのさらに7割強が愛知県民(県人って書いちゃおうかな)だっていうじゃない。
愛知万博ではなく県博だね。
じっさい、堺屋太一氏も産経新聞で「地元博」としての成功を強調していた。氏は自身が成功させた大阪万博のようには世界的行事になりえなかったといいたいの。
この診断は承認するが、「博覧会が見直されている」という見立てはどうだろう。
「ミスター万博」の呼称もあって、次回2010年の上海万博誘致の「高級顧問」も務めるというから、それはしっかり旗振りしていただきたいけれど。
いずれにしても、そんなローカル・ネタだったから、あのモリゾー&キッコロとかいう低レベルのキャラクターも、ウチの子もその友だちも誰もご存知ない。
   *
あっ、書きながら新聞を見てると、全期間入場券での平均入場回数が10.08回だって!
考えてみればそうだ。延べ入場者2200万人の4割強=900万人といえば、赤子も寝たきり老人も足した全愛知県民の数よりも多い。
とくれば逆に、日曜日になったらクルマで買出しに行くノリのリピーターを白い目で見ていた、そういうのに染まりたくない愛知県民もいただろうな、とも。
2005.09.26.Mon 21:28 | 思弁 | trackback(1) | comment(-)
昨日(9月25日)営まれたJR福知山線脱線事故の合同慰霊祭。
「慰霊と安全のつどい」と銘打たれているのが引っかかった。
安全が誓われるとはいえ、タイトルにもってくるのはどんなものか。
それにそもそも、安全は誓って達成されるものなのか。
ほんとうに誓うというなら、次回事故の犠牲者遺族――不謹慎だが私がその当事者となる可能性も含めて書くのから許してほしい――には今次遺族にたいするものの10倍の補償金を支払う、とでも表明してみること。
これこそ一見、不謹慎だが、要は論理的な観点から書いている。
そう表明できないのは、事故はなくならないからである。
いまはまだ起こっていなくても、「なくなる」の述語は未来をも包含する。
ありえない。
2005.09.26.Mon 06:05 | 思弁 | trackback(0) | comment(0)
――という当初の全体的意思はなぜ萎えたのか。
平たくいえば、大阪万博から35年を経て、さすがにもう万博で喜ぶ途上国ではなかろう、の期待の挫折だ。
このところ毎日のように映し出される、早朝から並んで開場とともに目的のパビリオンに向けて駆ける群れの映像は、どうみても文明国のそれではない。
そして実際、ここはそういう国なのだ。
私の内なる悪魔は、きょうこの最終日あたりにその朝の猛ダッシュ場面で人身事故の一つや二つ起こってくれないかと願っていた。会場への往路/からの帰路に東名・名神で起こった(報道されただけでも何件もあった)死亡事故にまつわっても、「自業自得」の文字が脳裏に浮かんだりした。
いかにも不謹慎な物言いで、それはそれで書きつつ恥じ入ってもおきたいが、やたらと愛知県民のリピーターが多くて、中部圏からの入場者が全体の6割を超えるという報道のことは、きっちり嗤っておきたい。
コンセプトの中核におかれたエコロジーへの顧慮が人びとにほとんど染み渡らなかっただろう点も、中沢新一をはじめとする企画者お歴々の顔を浮かべながら、祝福しておきたい(偽善的エコロジーほど私が忌み嫌うものはない)。
以上、閉幕まで半日を切った時点での反万博主義者の遠吠えとして。
2005.09.25.Sun 11:01 | 思弁 | trackback(0) | comment(-)
気のせいでないとしたら、さすがに衆院選挙にまつわる政治熱も沈静化しつつある。
そりゃそうだろう、杉村太蔵のようなノリの若者を何日も見せられて飽きがこないわけがない。
ところが政治とは、この種の飽きっぽさに抗して営まれるものなのであった。
そう、たとえれば台風/ハリケーンによる災害のニュースが新鮮味(newness)を失っても、あるいは失い始めたところから、稼動する「知と情」――批判した後藤田正晴の本のタイトルだが(笑)――による営み。
ひるがえってブログとは、テレビや新聞、週刊誌で伝えられる断片的情報(だけ)を手がかりにした、何と多くの無責任政治評論家を生み出す場処であることか。
かく述べる私が今日、ブログの説明文を「本名による文系ブログと使い分けて、こっちは時事・政治問題を中心に」と修正した。(本名のほうにも久びさに音楽絡みの記事を書いた。)
要はこの許容された無責任さを徹底して生きるべきなのだ、と開き直ったのだ。
政治の話題にこうして現〔うつつ〕をぬかしながら、わが実生活は、この夏のあいだに片づけておかねばならなかった事どもの多くを中途半端な状態のまま放置し、繁忙なる秋を迎えようとしている。
ああ、明日(26日)からは本当に忙しくなるが、――私の無責任な言葉は、書かれ続ける。(たぶん。)
2005.09.25.Sun 01:45 | 思弁 | trackback(4) | comment(0)
森嘉朗が自派閥の会合の席上、明らかに杉村太蔵を念頭においた新人議員批判をおこなった(昨日それとも一昨日だっけ?)。
当然の発言であろう。
が、ブログの世界では、今回の解散劇では道化的な役割も務めたこの首相経験者に「お前にそんな批判をする資格はない」と返す内容の記事や、2500万円でBMWを買おうが何もしない政治家よりマシという意見さえが、読まれる始末だ。
テレビが生む新しいキャラクターを、不特定多数の匿名的共感の輪が、そうして育んでいる。
ま、ブログってこんなものだと、あらかじめ割り切ってしまえば腹も立たないのだろうけど、同じ媒体をつかって罵る、自身の非生産性をあわせて思うと、気分が暗くなる。
   *
否、ブログにはもちろん別の活力も秘められている。
とりわけ、表〔オモテ〕のメディアでは比較的抑えられているからだろうが、保守系もっといえば右寄りの発言に、読むべきものが多い(左寄りのはどのみち筑紫哲也的なものをさらに薄めたものが多い)。
非生産的と一見したところは見えようとも、執拗に言葉を書き連ねておくことで、やがては匿名的意思が輪をつくって力となるであろうことが、期待される。
とはいえ、杉村太蔵への義憤は「それ以前」の問題である。
コイツや、アイツ、さらにアンナ奴をも当選させたという意味で、総選挙圧勝の悪影響は、投票前に圧勝を願った私にすら感じられている。
踏み絵をたくさん作って不要な人間は捨てちゃって、ダイナミックな政界再編をと念じるゆえんである。
2005.09.23.Fri 16:32 | 政治 | trackback(1) | comment(-)
私もテレビで報道される部分部分を見ることでしか、この男の仮初〔かりそめ〕の全体像が構成できていない。
そしてその限界内で、昨夜、「小泉劇場型選挙を批判した当のメディアが…」のなかで批判的に言及した。
だが、その記事にトラックバックいただいた、さるブログの記事――こんどは当記事からトラックバックさせていただく――を読む/見る(テレビのキャプチャ画面が有益)と、相当にひどい。
年収2500万円と聞いて、当選2日後にBMWのディーラーに電話して念願の車種を注文しようとし、その後、「運転するなって言うですよ、党の人間が」と打ち明け(いずれもテレビカメラの前で)ている。
国会議員の何たるかが判っていないこの若造を「かわいい」とか「ナイス」とか、これも国政のことを何も判っていない者どもが書くのはいいけれど、自民党執行部は単に「しゃべるな」、「乗るな」と制する以上の行動に出てしかるべきである。
比例票の何百分の一かはこの無分別な男を国政に送るために自覚的に投票された可能性がある、という強弁が通用する余地がないわけではないが――と気遣う必要があるだろうか(苦笑)――、いまここで圧勝直後に襟を正すパフォーマンスとして杉村太蔵を早々に議員辞職〔クビ〕とでもする措置をとれば、一時は馬鹿メディア、馬鹿ブロガーの非難も起ころうが、結果オーライということになるだろう。
自民党にとっての効用はもとより、この男もまた、いま議員の立場を失ってもすぐ芸能界でメシを食うことになり、夢のBMWに乗る日もまた結果的に近づくのだろうからである。
2005.09.23.Fri 11:15 | 政治 | trackback(14) | comment(-)
星野仙一の悪口を一つ前の記事で書いたあと、この男にたいする世間一般の褒めたたえ方が、後藤田正晴にたいするそれと似ていることに、遅まきながら気づいた。
そう、前者の巨人ファン「一般」と阪神ファン「一般」、いずれもの一般ファンからの熱望のされ方ときたら、気持ち悪いほどだ。
そして同じような気持ち悪さを、「後藤田逝く」にまつわって書かれた多くのブログ記事に、私は感じたのである。
   *
だが、私が尊敬してやまないさるブロガーが書くとおり、後藤田が「靖国反対、改憲反対とまるで左翼」だったことこそ、この死にまつわる左右両側「一般」からの礼賛劇が物語っている。(自身も鬼籍に入るのがそう遠くないハト派・宮澤喜一が「(考え方が)近いと思っていた」というのは正直であるとして、中日友好会館[!]に設置された追悼場所を訪れた小泉純一郎はこの靖国参拝反対論者の遺影に皮肉の一つも言い放ってやるべきだった。)
   *
星野も、同じ伝でいって、権力を批判しつつ実は彼自身が権力志向の強い人間であることが、今や明らかとなった。
権力志向も人間の本性としていささかも否定しはしないが、まあ、そこまで自己演出までして善人ぶるのはやめておくれ。(その点、後藤田は、筑紫哲也などにはよく担がれたが、自己演出はあまりしなかったかな。)
   *
ちなみに私は、ちょっと傾向は違うが(つまりカラダを張ってトップと闘う勇敢なる中間管理職像)、古田敦也のモテ方にも、信用をおいていない。
また、さらに傾向は違うが(自身のスランプをスランプとして認めないでどこか彼方にある到達点への一ステージと言いくるめる)、中日・落合とマリナーズ・イチローも、攻撃に値すると考えている。
いずれも今後、そう遠くないうちに非難の言葉をここに掲出することになろう。
2005.09.23.Fri 02:59 | 思弁 | trackback(0) | comment(0)
報道ステーションに星野仙一が出演していた。
古舘伊知郎が例のごとく突っ込んで、巨人監督就任否定会見時の事情が語られた。
が、矛盾がある。
直接の打診が無かったのなら、なぜいま(なお)その心理的葛藤を語らねばならぬ?
そもそもあのときホテルで記者会見を開いたことへの疑念は、9月10日付の記事「「何サマ?」星野仙一のような人間こそ比例区集票マシンにふさわしい」(〈芸能〉カテゴリに置いている)に書いたとおりだ。あんなの、ひと言、「そんな話はまったく無いっ!」と、どこででも言い放てばそれで済んだ。
ほとぼりが冷めようとするころ、もういちどテレビで念を入れて否定した。
この男はまだ「期待」しているのだ、と私は確信したが、それだけではない。古舘はああいう迎合的な人間だから「将来はコミッショナー」とまで諂〔へつら〕い、すると、「いやいや」といいながらも、星野は喜びを噛みしめる。
5年、いや10年先のことを見越して、自身のための花道を用意している。
圧勝自民こそ、こういう男を次回総選挙用にかついでおくべきかもしれない。
(前回の星野批判と同様、今回もコメントを受理しない設定とする。そう、カテゴリも〈芸能〉のママだ。)
2005.09.23.Fri 00:29 | 芸能 | trackback(0) | comment(-)
昨日今日のニュース。新人議員のなかではやはり佐藤ゆかり氏の露出度が比較的高い。
私はそこそこ嬉しい。横に細君がいたりしなければ即、録画ボタンを押しちゃう。
それはそれとして、かならずセットで杉村太蔵や井脇ノブ子が映ってくる。
前者の「議員宿舎の3LDKが楽しみでしょうがない」の発言はたしかに笑える。
後者は、姿を見ずに教育者の経歴だけ見ればこういう輩も時にはと思える。
だが、いずれも議員としては未知数以前だろう(後者は見栄えがあまりに…)。
開票後はさかんに小泉劇場型選挙を批判してたマスコミどもよ!
当の君らがこうして話題の初登院議員の映像をたれ流して喜んでるのだから呆れるぜ。
2005.09.22.Thu 20:07 | メディア | trackback(10) | comment(-)
小泉純一郎を首相として選出した今次特別国会のこの初日、議場の至るところに(そして全国各地のテレビの前に)、「次回衆院選挙においては」と決意をあらたにしている者がいることであろう。
だが、こういうときは、じつは勝ち組こそが襟を正し、次の戦いのことに思いをいたさなければならない。
じっさい、こう述べる私は――そうだ有権者の一人として私は勝ち組の気分を味わった――、佐藤ゆかり氏の初々しくも端整なインタビュー受け答えを映し出す、やはり同じテレビの前で、ニッカリと前歯をむき出しにしながら喜びを語る辻元清美氏を、次回こそきちんと落選させなければ、と決意を新たにした。
ということは、次回衆院選までに大阪・高槻に引っ越す?
いや、もしも引っ越すとすればそれは岐阜なのだった(アブナイ、アブナイ)。
2005.09.21.Wed 23:23 | 政治 | trackback(0) | comment(0)
警察庁長官時代はテロ対策で辣腕を揮い、政界入りしたあとも長く時の宰相たちの懐刀のような存在としてあった。
しかし、だからこそこの男の、最近のいかにも腰が引けた中韓外交論が、保守のなかの良心であるかのごとく左翼ジャーナリズムの利するところとなったことを、忘れてはならない。
「小泉自民党が圧勝をとげたあと、この国の行き方がますます懸念されるなかで、こうした重みのある警鐘を発しうる論客がまた一人いなくなることが、残念でなりません。」
もう今夜ニュース23の、筑紫哲也の多事争論の最後の10秒はコレでしょ。
2005.09.21.Wed 12:43 | 政治 | trackback(1) | comment(3)
いろいろと多忙で2日間、書くのを休んだ。
といっても、誰にどうといった影響を与えることもないだろう場処。
まぁいいや、3日たて続けに休むのもイヤだから、メモがわりに。

姜尚中
今朝のNHK朝の「生活ほっとモーニング」にゲスト出演。
特集の京都・東九条(通称トンク)の「在日コリアン」ネタは以前から決まっていたようで、そこにたまたま、北京での6カ国協議の急転直下の解決、すなわち北朝鮮の「核放棄」の話題が飛び込んできたということなのだろう。
じっさい、姜氏はこの問題をめぐっては(いつもはほとんど見せない)笑みを浮かべ、「私が2年前から主張してきたとおりになった」(ビデオを録っていたわけではないので大意だが)とさえ主張した。
感性がちがうな、と思った。
夕刻、帰宅して新聞をみると、早くも北朝鮮はアメリカによる軽水炉提供後しか核拡散防止条約(NPT)に復帰しないと表明している(アメリカは復帰後の軽水炉提供を主張)。
ゴネるぞ、これからも。
といったことを抜きにしても、私はほとんど北朝鮮と同等あるいはそれ以上に、姜尚中という男の偽善的な眼差しを信じないものである。

小池百合子
産経新聞のインタビューに答えて「官房長官は面白くない」と。
小林興起に大差をつけて東京10区で当選し、小泉圧勝の象徴となったとはいえ、当座ご自身のキャラクターにふさわしそうなこの役柄が気に入らないと明言しちゃうんだから、強気だ。たぶん外相か何かをあてろということなのだろう。
私はといえば、女史が今回の選挙の立役者であることを認めるものではあるが、いまいちこういう自信満々の女を好かない。(桜井良子には叱られたいと思うことがある。)
日テレ時代はアシスタント、その後も(アラビア語が話せても)しょせんはテレビ東京のキャスターだった(そこそこ)「負け組」の過去があるから、かな。
あっ、キャスター上がりでは蓮舫というのがいたっけ。長い雌伏の時代(?)のあと、政治家として這い上がってきたとき、しゃべりたい一心でか顔貌の歪み(これは愛嬌になることもある)が以前にも増して激しくなっていた。
女の顔はむずかしい。
と、思ったあと、小池百合子が官房長官を進んで辞したのならいっそ思いっきりサプライズ人事で佐藤ゆかりを起用してほしい、と願う私はずいぶん不謹慎だ。(最後はコレか。)
2005.09.20.Tue 21:47 | 佐藤ゆかり | trackback(1) | comment(4)
TBS系「ブロードキャスター」にチャンネルをあわせた。
榊原英資がコメンテーターとして出演していた。
かねてからの郵政民営化法案への批判者である。
なのに民意がそれにたなびいた。いきおい批判も感情的に。
小泉はもちろん、よほど竹中平蔵が憎らしいのだろう。
そういえば金子勝とともに、竹中がそこを辞した慶応の先生。
いわば身内なのに――いや、身内だからか、この憎悪は。
ひるがえって、慶応のライヴァル早稲田に目を転じてみる。
大学経営においては実は早稲田のほうがはるかに上だ。
一時の低迷がウソみたいに、最近は何をやっても当たる。
かくて、いかにも勝ち組のアサヒ・コムの一隅に視線を。
谷藤なる無名(?)教授の次の衆院選総括の文章が出ていた。

http://www.asahi.com/ad/clients/waseda/opinion/opinion155.html

スッゲエ幼稚。有権者をただバカとしてしか見なしていない。
田原総一郎の当日夜のメディア分析だってもう少しマシだった。
容貌もいかにも冴えない(榊原や金子が冴えてるのでもないが)。
「教授三流」のかつての早稲田事情は改善なっていないようだ。
2005.09.17.Sat 23:43 | メディア | trackback(1) | comment(0)
記者会見の壇上では、目がちょっとイッてたね。
そう、民主党の代表に選ばれた前原誠司のこと。
照明のせいも少しあったとはいえ、コワかった。
ほんとにヒヤリとした輩は、しかし党内にいた。
根は社民党と変わらぬ横路ら旧・社会党系議員。
改憲(憲法9条改正)が公約となるのに居続ける?
小沢もいまやこの若増の黒子に徹するしかない。
若手がつけた道の果ての手柄はありえないから。
成否は半々。いやその前に党が分裂するだろう。
それを悲観して短調で歌う必要は必ずしもない。
ブラームスP協第1番のように最後に転調の手も。
敵に塩? 否、自民も民主右派をとりこめばいい。
分裂への序奏は政界再編もて完結するのだから。
(実際、組むなら私は公明党よりベターだと思う。)

[等幅じゃないと右揃いのレイアウトは崩れるな。]
2005.09.17.Sat 20:25 | 政治 | trackback(2) | comment(1)
いましがた休日出勤で使用中のPCで速報に接したのだけれど、前原vs.菅の代表選の結果が、96対94の2票差だって!?
この期におよんでなお左翼内権力に色気を出した菅はむろん、ヘンなタイミングを計った小沢も含めて、彼ら旧世代を若手がついに打ち破った、の印象を与えるには効果的な数値バランスである。
しかも白票が、票差と同じ2票という絶妙さ。
小泉劇場での苦い経験を生かして、誰か演出家を雇った(笑)?
かくなるうえは、小泉&武部のような強権発動とまではいかないまでも、挙党体制なんていう言葉でお茶を濁すのではなく、菅陣営を排除した運営体制を明確にするこった。
一時は反発も強まり、党内にきしみが生じるかもしれないが、そこは、分かたねばならぬところはきちんと分かって動かすことが、将来的な展望につながること必至である。
――と、相対的自民支持者が、なんだか民主党を応援しているみたいで、妙な気分だ。
2005.09.17.Sat 17:03 | 政治 | trackback(3) | comment(0)
小沢一郎が民主党代表選立候補を断念、と。
匙〔さじ〕を投げた、というやつか? 
それとも、いわれるような「世代交代の阻止」目的の候補者一本化か?
後者は、この歴戦の男にしてはあまりに卑小な、と思わせる。
が、どっちにしても、だ。
片や、「これもなあ」と思わせる、いかにも松下政経塾出身の若手。
片や、あれだけ「やめとけ」といってる菅直人(笑)。
反省のない辻元清美が国政に簡単に還ってくる国なのである。
後者の古びたカードもいまだ通用しそうなのが笑ってしまう。
いいよ、前言(昨日分「その男、性懲りもせず…」)は撤回だ。
代表になってよし、菅直人。
そして、君のニヤケ顔もて、打ち砕くがよい。
民主党所属議員そして支持者のなかの多少とも心ある者の希望をも。
小沢的深謀遠慮も空しい、収穫後の田んぼのような光景である。
2005.09.17.Sat 02:34 | 政治 | trackback(3) | comment(0)
早くも迷走気味の民主党の代表選び――。
若手の前原誠司が押し出されようが、本命の小沢一郎が立ち上がろうが、名古屋人・河村たかしが盛り上げ役を果たそうが、私はどっちでもいいが(それより横路&西村の「左右」同居状態をどうにかしてくれ)、菅直人がなお本心では意欲がありそうなのであることだけが、傍目にも疎ましい。
このひと、学生時代から部活動みたいに政治をヤッてたわけで(夫人は同志でしょ?)、そんでもって、とにかくお山の大将になりたいの。
例の「年金未払い三兄弟」批判が天に唾する仕儀だった件で赤っ恥をかいたあと、頭を剃ってお遍路さんをしたときも、パフォーマンスであることはミエミエだったが、このたびの選挙では、若いころの自分をか弱くしただけのような息子の選挙応援をして、まったく恥じるところがない。
この性懲りもない男に、甘い夢を見させない。
せめてそうやって、民主党には「次」を狙う第二党としての矜持を示してほしい。
2005.09.15.Thu 23:04 | 政治 | trackback(6) | comment(0)
とりたてて今から関連記事を増やす計画もありませんが(ときどきは言及したいな)、ブログ開設がちょうど選挙戦終盤と重なったために書かれることとなった数本を整理し、新設「佐藤ゆかり」カテゴリーからまとめて参照できるようにしました。
ついでながら、プロフィール欄があまりに寂しいのでルーベンスによる裸体画(プラド美術館蔵; 私のお気に入り)を掲出しておきました。
以上、事務連絡ということで。
2005.09.15.Thu 21:27 | 佐藤ゆかり | trackback(1) | comment(3)
人相は「忍の相」と書く(解する)べきだと主張する翁が知人にいて、飲み屋では「そんなものかなぁ」と半信半疑で聞いていたが、たしかに忍従の局面でこそ人の顔がその価値をあらわにすることを今回、選挙にまつわるいろいろな場面で目撃した。
まず小泉純一郎。郵政民営化法案が否決されたあと、首相官邸に入る際に記者から飛んだ「解散するんですか」の問いに、小さなガッツポーズとともに返した覚悟を決めた顔が、いまにして思えば、すでにその後の勝利を動かぬものとしていた。(その同じ局面で岡田克也が見せた、ついつい浮かれてしまった顔については、昨日までの敗因論で言及したとおりだ。)
他方、造反組の、まだ論及していないものも含まれる顔、顔、そして顔。
綿貫民輔は、衆院議長の名誉職の任期が切れるところで政界を引退していれば、悪代官のような相を世間に刻み込んで晩節を汚すことなく、塩ジイこと塩川正十郎のような売り方ができたかもしれぬ。
他方、少なく見積もってもあと十年は何事か政界で発言権をもちたい亀井は、小泉的なものとぶつからざるえをえないから(ぶつからなければ浮上のチャンスも無いから)、ここはソレ郵政民営化に係る態度のちがいによって袂を分って良かったと考えるべきである(そう考えるしか救われない)。
だが、このたびは泣きすぎた。眼前の涙も「いま・ここ」だからこそ胸を打つが、あれだけテレビで流れれば逆効果というところもあったろう。実際、それで醒めてしまってホリエモンに流れた票もあったのではないか。
つまらぬ結果分析しかできぬマスコミはそうは書かないが、実は亀井は、地元を側近に任せて、自身は国民新党の同志のもとを回り、それで日程が余ったら新党日本の候補者もついでに応援すれば、男が上がって、票も伸びた、という観測を私はもっている。
ITで売るくせして(そして確かに選挙戦はそれを武器にはしずらいとはいえ)昔ながらのドブ板で闘い、体育館で絶叫しているホリエモンの滑稽が、それで際立ったはずだが、そんなことよりも、およそ国政に打って出て、しかもそこで一家を構える政治家は、選挙期間中に地元に張りついてはならぬものではないだろうか。
しかし、彼にそんな余裕はまったくなかった(私のような考え方を耳打ちする側近もなかった)。
広島6区では当選してもそれだけで、実質的には惨敗を喫したのであることは疑いようがない。
根っからの悪人相に、敗北の涙のシミまでついてしまった亀井に、立ち直るチャンスはあるか。
あるとも。
端的には、自民圧勝後に郵政民営化賛成に回ることを表明した中曽根(小)や鴻池らを批判することである。
否、彼らには「明らかになった民意に従う」という翻意を合理化する一点の理由があるとするなら、それさえもなく、つまり賛成に回ると翻意を表明するわけでもないのに首班指名は「選挙を戦うのがうまい小泉さん」に入れると公言して憚らない野田聖子――ならばその1票はユダの銀貨以上に穢れていよう――を、罵倒することである。
いかにもの悪人相が、ヘタレであるとはいえ女は刺せない、というだろうか。
だが、往年の「必殺」シリーズを思い起こせ。そこでは、野田のような女こそがまったくの同情もなしに藤田まことのひと突きに倒れていたではないか。(なんなら佐藤ゆかり氏を文字どおりの「くノ一」刺客としてこの場面でお貸ししましょうか。)
いまなら間に合う。ここまで駒が進んでしまった以上、亀井静香の悪人正機はそうした非情を行使することによってしか、ありえないのである。
2005.09.15.Thu 19:01 | 政治 | trackback(6) | comment(3)
選挙ネタはもうやめよう(政治ネタの放棄ではない)。
ということで書くと予告していたテーマをひとまとめに。

田中康夫
小池百合子に完膚無きまでに叩きのめされた小林興起のことを論じても意味がない(負けたうえに私事を週刊誌で書き立てられている)。小林を救うために立ち上がってまったく役に立たなかった田中康夫の、このたびのカッコ悪さが分析の焦点である。
新党日本の結党記者会見の際、「チーム ニッポン!」と気勢を上げていた図は、往年のスポ根ドラマ(このあいだリメイク版が放送されていたが見ていない)「サインはV」さながらの、あまりのセンスの無さで、思わず寒気がした。私の住んでる地域ではほとんど見かけなかったが、幟〔のぼり〕を背負って太ったカラダを揺すって走るCMもあったみたいだね。
が、そんなことより長谷川憲正&荒井広幸の、田舎の特定郵便局の局長と配達員そのまんまといいたい利権コンビと組んで、そもそもイメージ戦略として失敗している。滝実だって官僚としてはそこそこ優秀だったとはいえ、自民から切り離されるとタダの中小企業の社長である。
民主・小沢人脈との関係の冷え込み気味で、ならばいったいこの男はこれからどこに行くのか。

岡田克也
たしかに「小泉のあの解散決断時に顔を紅潮させて自民内紛の漁夫の利がころがり込むと喜んでしまった」と、岡田のことを書いた(その2)。だが、いま自民圧勝を予想していたと平然とのたまう政治評論家たちも含めて、あの8月9日の時点で小泉劇場のクライマックスが予見できた者など、あっただろうか。
岡田は今回、もう立ち直れないほど恥ずかしい差をつけられて敗北した。
だが解せないのは、思わぬ逆風に気づいたからとはいえ、側近や小沢一郎にいたる内部にいる人間までもが、選挙期間中から岡田援護には逆効果となるような発言をしはじめていたことだ。
となると敗因は、選挙戦にまつわるイメージ戦略どうのこうのではなくそれ以前の、人心のとりまとめ方そのものの失敗に存する。
やっぱりちょっと若かったのだろうか。
しょせんはジャスコ岡田一族の人間なんだというやっかみがあったのだろうか。

野中広務
地元・京都で野中の後継者として前回総選挙時に当選した小心者の面を下げた男が、元は野中の腹心だったのに寝返って自ら親分として生きたいと思い始めたヤクザのような男に、負けた。しかも百数十票の差で。
悔しさのあまり変形してしまった野中の顔の、空虚な孔から漏れる言葉は、亀井や綿貫のそれと変わらぬ「日本という国があらぬ方向へと突っ走っている」うんぬんの憾み節でしかない。
行く先がたとえ「あらぬ方向」であろうとなかろうと、要は「野中」の名は政治的に存在意義を失った。苛酷というほかないが、ならばそもそも、京都・中丹地区のド田舎の村議でしかなかった男が国政全般に絶大な影響をもつにいたった、その過去の経緯も含めて、この興亡が政治過程論というディシプリンの探求テーマとなりうる。
政治的に過去の人間となったこの男は、これからの余生=晩年をどう生きるのだろう。
後藤田正晴や宮澤喜一のようにときどき報道番組に引っ張りだされては、衆愚と変わらぬ右傾化への危惧等を語って、筑紫哲也のようなジャーナリストを喜ばせるのが関の山か。

筑紫哲也
次はその浅薄なるジャーナリスト――。
開票の翌日、彼の私情が垂れ流される「ニュース23」の多事争論のコーナーで〈民意〉の文字を掲げ、今回の選挙では彼自身がこれに「負けた」のであることを打ち明けた。
その一点では、彼は誠実なのではある。
というのも、9月6日付の「筑紫哲也はあまりに悪質である」にも書いたとおり、彼は選挙期間中に〈大合唱〉の文字を掲げて警鐘を鳴らし、その民意の流れを変えようとしたのだからである。
ただ、こうして法律スレスレの手を使って負けておきながら、それを反省してニュースキャスターを辞そうとするのでもない、この一点において、筑紫は自民比例票のおこぼれで救われた、社民党議員のなかでももっとも恥ずべき保坂展人に近似してくる。
いっそこのひと、社民党から立候補すればいいんだよ。ついでに『週刊金曜日』も党の機関誌ということにしてしまって。

補遺
TBS系開票速報の筑紫&久米のゴールデンコンビ(笑)の活躍場面の多くが、わが地方では「ちちんぷいぷい」というローカル・ワイドショー番組の司会者・角淳一〔すみ・じゅんいち;元・毎日放送アナウンサー〕を中心とする生ぬるい対話によって、とって代わられていた。他の地方に住みたくなった(たとえば岐阜とか)。
2005.09.14.Wed 13:36 | 政治 | trackback(2) | comment(1)
小泉劇場も無事に幕を閉じて、比例区復活当選をとげた佐藤ゆかり議員(と書くのはまだ早いのかな)にまつわる「萌え」も終息に向かいつつある、という観測が一部にはある。
だが、2ちゃんねるで盛り上がる程度の、現象としての「萌え」がそうして沈静化したところから新たに、深く静かに持続する「萌え」の局面が訪れるだろう。
まず、党公認候補として当選をとげた彼女を、党本部は県連トップにおく措置をすぐさまとらねばなるまい。もちろん野田聖子の復党などぜったい許さない前提でだが、すると第一級戦犯の県連幹事長・猫田らは、自身の土着性を揺るがせにせず、佐藤氏にたいして嫌がらせに出るだろう。そう、わざわざ挨拶に訪れた者との握手すらを拒んだ市長・細江以上にあからさまに。
諦めと悲しみを押し殺すようにして気丈に対応する佐藤氏の映像を、わが想像力はテレビよりも早く灰色の脳の奥のスクリーンに映し出す。目頭あたりから胸、そして(年甲斐もなく)下腹部あたりまで、すでにしてグッときている自分に気づく。
華やかな場面も思い浮かぶ。議員バッジをつけて国会議事堂の門をくぐる日の姿を、メディアは映し損ねてはならない(間違ってもカンチガイ辻元なんかを映さないように)。議場に入ってからも、自民党の領域から追い出された野田聖子などを尻目に、男性議員たちの視線を一身に集める中心として、そこは輝く。
テレビのこちら側の私はその同性諸氏にたいする嫉妬を燃やすことになるが、こういう精神状態もまた、憧れの同級生を遠目に見るしかなかった中学生のころのようで、健康に資するかもしれない。
   *
敗因論がまだ岡田克也、田中康夫、野中広務、筑紫哲也、…と残っているが、開票から2日経ってまだ書き継ぐ意義があるだろうか、の広がる疑問を抱きながら、何度目かの佐藤ゆかりネタで。
2005.09.13.Tue 18:14 | 佐藤ゆかり | trackback(1) | comment(0)
はっきり書く。まず顔がきらいだ。
とくに鼻から口元にかけての造形。
生まれもった「資質」を責めても仕方ないが、このひとの場合は言葉遣いと完全に合致し、救いがたい下品さを構成している(大阪弁かて使い方しだいやし)。
その下品さは、単的にいって佐藤ゆかりの上品さの対極にあるが、ところで小選挙区で惜敗して比例区で復活当選という図にかぎっていえば、両者まったく同じである。
佐藤ゆかりについては昨夜、絶大なる功績についてふれたあとでその敗北を認める記事を書き(その1)、その直後に健気な敗戦の弁を伝える映像に接して、私はほんとうに涙した。
辻元清美も「初心にかえって」と口ではいう。
だが、小選挙区で通って土井たか子に比例当選分を回す、みずからに課されたウルトラC級の作戦(というのも見かけ上は5位のおたかさんの前に3人いたからね;でも小選挙区で有効得票数に達せずこの3人に比例区当選の権限が与えられないことは事前にほぼ確定していた)に失敗したことを悔しがるわけでもなく、早くも「百人分の働きをする」とか、「(小泉首相に質問するために)いまから爪を研いでおく」とか、あの口元の造形そのまんまの無反省ぶりである。
負けたのにデカイ顔するな、と誰かひと言、いってやれ。
国会でのパフォーマンスを伝えて図に乗らせるようなことも、メディアは慎むべきだ。
そう、そもそも社民党の躍進(1議席増)なんぞ、政党要件を満たしたから必要以上に報道面での公平性が配慮された結果の、逆説的に不公平なまでとなったメディア露出(福島瑞穂党首の演説)と、自民比例票のおこぼれ(イカサマ保坂展人の復活例)という、民主主義のいびつ、そのものの顕現にすぎないのだから。
2005.09.12.Mon 23:55 | 政治 | trackback(4) | comment(1)
「郵便局が無くなったら困るでしょ?」
――郵政民営化反対派のこの種の訴え(柔らかな恫喝)にもかかわらず、国民は総体としては、一部の人びと(たとえば月一で年金を受取りにいくジイさんバアさんたち)にたしかにそうした不便が発生するとしても、変革を求めることのほうを求めた(福祉は福祉で別に考えるのが政治だよね)。
だが実はそのとき、この世論の背景に郵便局員へのプチ憎悪があったのであることを、メディアはあまり分析しない。
そうか、アイツら国家公務員なんだ――局員はもちろんその家族も含めて郵政関係者がどれくらいいたって、不況下においても揺らがないその身分の安定にたいしてあらためて燃やされる嫉妬や憎悪のヴォリュームは、その比ではなかったのだ。
信書配達を独占したまんまの状態で民間が開拓した宅配事業のシェアに割り込んで、の、この間の展開にも、こうしてシッペ返しが見舞われた(ヤマトの意見広告はこうしてボディブロウのように効いてきた)。
だが公社職員も、これからは堂々と「営業」に精を出せるのだと思えばいい。
小泉純一郎も、衆院を通過した法案が参院で否決される屈辱のなかから、勝利を獲得したのだから。
ということで、次回(その3)は、小泉のあの解散決断時に顔を紅潮させて自民内紛の漁夫の利がころがり込むと喜んでしまった岡田克也、そのひとの敗北を、もう少し詳しく分析したいと思う。
2005.09.12.Mon 12:08 | 政治 | trackback(0) | comment(0)
とんでもない輩だ。国民は皆、寝てたのだ、と。
覚えておこうね、次の選挙まで。
2005.09.12.Mon 02:17 | 政治 | trackback(0) | comment(0)
農政大臣時代にBSE牛にまつわる舌禍で顰蹙を買って、今期幹事長になったときもいかにも太鼓持ち的に映じたこのひとも、このたびは男を上げた。
ついさっき、テレビ(TBS系)の中継で野田聖子に「よくがんばりましたね」と労った(自民復党はきっちり断ったうえで)、その語り口も大人だった。
こういう人間が、民主党の岡田克也のうしろには見えなかった。
こいつで大丈夫かね、と私も含めて多くの人に危惧を抱かせた小泉純一郎が、この点でも勝った。
ところで、野田のあとにモニタには負けた佐藤ゆかり氏が映った。
武部はまた「よくがんばりましたね」と。能が無いな(笑)。
それよりも、このときレコーダの録画設定をしていなかったので佐藤氏の冷静な弁を録れなかったことが、私には悔やまれる(テレ朝を録ってたよ)。
明日のワイドショーでとりあげられるかな?
以上、武部をダシにした「ゆかりたん萌え」でした。
2005.09.12.Mon 02:13 | 政治 | trackback(0) | comment(0)
このタイトルで何本か書く。(岡田克也、郵便局員、筑紫哲也、野中広務、田中康夫、etc.)
   *
最初は佐藤ゆかり候補。
いきなりタイトルに逆らうように書くけれど、地縁・利権・情念でガチガチに固めた野田聖子との間でこれだけの接戦にもちこみ、その「日本のサッチャー」の可能性を断った――自民復党はぜったい許すな!――だけでも、実質的には勝利したも同然だ、と私は思う。
否、それでも負けたのは、たしかなんだよなぁ。
悲しいよ。涙が出そうだ。負けたあとの敗戦の弁もウチの地域じゃ放送されないし。
落下傘候補だと、最初はいわれた。だが、すべての候補者は落下傘候補であるべきではないか、と少なからぬ人は思い始めている。じっさい、佐藤候補は自民党の候補者公募に2度落ちて、これが3度目なのだ。
選挙に「萌え」が絡むとも、誰も思わなかった。なんでこのオンナが、と同性の有権者は思うかもしれないが、片山さつきや藤野真紀子にオトコたちが「萌え」たのではなかったことの意味を忖度すべし。
リベンジを思い浮かべながら、今夜は酒を飲もう。
何のリベンジ?
そうだな、現・岐阜市長を次の選挙で落とすかな(笑)。
2005.09.12.Mon 00:39 | 佐藤ゆかり | trackback(2) | comment(3)






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