4th room

'05/08/29開設。本名による文系ブログと使い分けて、こっちは時事・政治問題を中心に。
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小泉劇場と揶揄もされた2年前(2005年)の衆院選のころ、このブログは開設された。タイトル下の説明文も「時事・政治問題を中心に」と謳っていて、それなりに時機を捉えていろいろ書き綴ってきたが、このたびの参院選のことは、まったく触れずにきた。この無精には、それに係る諸報道にタイムラグなしに随伴することができない、現在の私が置かれている環境も一部関係しているのだけれど、それをいちいち詳らかにするほどのこともない(書くと素性が湧出する)ので、たんに参議院(議員選挙)なるものへの関心が薄いのだ、と書いておきたい。
だが、本心であれ何であれ、それくらい冷めている私の耳に(正確には「目に」)、筑紫哲也が投票日前夜、ニュース23に声だけで出演して、投票行動を呼びかけたのであるらしいニュースが、飛び込んできたのである。いや、開票特別番組でもその声だけの出演は繰り返されたらしいのだが、とくに前夜の投票呼びかけは、このひとのことだからたんに「棄権しないでおきましょう」ではなく反自民の意思表示が含意されているのはミエミエだから、いつもながら――否、いつも以上に――悪質だと思われた。ジャーナリストが病気療養するといったのならその態度を貫くべきだろうに、病床だかどこだかは知らぬがそういうポジションさえ利してなお世論操作をしようとしているのだからである。
と、いやぁな気がして、さりとて新しい記事を書く意欲も湧かず、そうして比較的読者が多そうなあるサイトの筑紫関連記事に、この4th roomの過去の筑紫批判記事(5月15日付「告白しなきゃいいのに――筑紫哲也のこと」)のトラックバックを送ったところ、それ以降、訪問者の数が思いのほか増えた。そればかりか筑紫ファンと思しきひとから、短いコメントを得ることにもなった。
このFC2のブログを利用しているくせに仕様をよく理解していないので、そのコメントが投稿者自身によって削除される可能性も含め考え、ここに再録しておくならば、それは以下のように書かれている。――「最悪なコメントだと思いました。/読んで損をした。」(「/」は改行)
仮にこの弱々しいコメントの書き手が自身のブログをもっていたとしても、私はいちいち反論するつもりもない。が、そうしたURLどころかハンドルネームの表示もない。野良犬の立ち小便のようなコメントで、そういうのは基本的に削除する主義なのだが、具体的に何を指すのかもいわずに「最悪」という最上級の表現を選ぶセンチな構えも含めて、私のような書き方へのありがちな感情表出の典型例として「晒しておく」に値する、と考え、私自身の手では削除しない(どころか本人の削除に先立ってここに再録さえする)ことにした。
いや、そのうえで、この新しい記事で逆コメントさえ発しておく。筑紫にはファンもいれば、その逆の者もいる。この「逆」の側から口汚い批判・非難がさまざまに発せられているのは、ちょっとネットの世界に深く潜入していけばすぐわかるのであって、それと較べれば私の筑紫批判など、理を尽くしすぎておとなしいとさえ思われようはずなので、「最悪」という言葉を使う前に少しはそうした毒にも触れてみてはどうかと記しておくが、仮にそうしたものも知ったうえでなお私のおとなしい批判に「最悪」の筑紫批判の特質を読み取ってくださったのなら、私は「最悪」を「最高」と読み換えて、感謝とともに受け取っておくべきかもしれない。
ちなみにこのコメントの主は(ハンドルネームも何も記されていないのは同じなので断言はできないがおそらく同一人物であろう)、6月3日付「藤原紀香(夫婦)が苦痛である」にも、「ひねくれたひがんだコメントですね。/面白くないのでもう読むのやめます」と、とりあえず筑紫批判を「読んで損した」と書いておきながら、最低もう一つの記事は読んでしまったのである(笑)。読んで損した/もう読まない、と弱々しく書きながら、たぶんあと二つくらい読んでいるだろうし、この記事も読むだろう。
だから書いておく。――コメントするのだったら、仮に名乗るのが恥ずかしくても、もう少し強い言葉を吐きなさい、と。
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2007.07.30.Mon 08:58 | メディア | trackback(0) | comment(0)
これを書き始めた時点で、asahi.com全体のトップに、「いじめ映像がネット流出 さいたま」の見出しが踊っている。記事全文を見ようとしてクリックすると、そこでの見出しは「いじめ映像がネット流出 学校、指導の最中に さいたま」と、情報を盛り込もうとした字数のぶん、逆によくわからないものとなっている。
本文を読むと、いじめの存在を「学校」(さいたま市内の私立高校らしい)が把握し、指導していたのに、その間(もちろん数日の幅がある)に加害者のひとりが撮った「現場」の映像が、そいつ本人によってネット上に投稿されたらしい。
この場合、「把握」し、「指導」していた事実は、無意味ではないが、見出しとしては「学校、指導の最中に」は削除せよ、と、上司が新米を指導するべきだろう。問題はそれよりも後段にある。最終段落を引用しておく。
「学校側は「絶対にあってはならない悪質ないじめで、被害生徒の心のケアに努めると同時に、加わった生徒には厳然たる措置をせざるを得ない」と話している。8日にも全校集会を開き、ネットに軽い気持ちで投稿することの危険性を呼びかけるという。」
この最初の文のほうはいいとしよう。第2文である、問題があるのは。――全校集会で呼びかけられるのが、なぜ「ネットに軽い気持ちで投稿することの危険性」なのだ!?
だがこの点についていえば、学校関係者にはこの種のバカがたくさん生息するのは、たしかなのである。事件や事故で亡くなった児童・生徒を悼む全校集会で「命の大切さ」を訴えるバカ校長がいつもテレビに映るだろう、アレなんか最たる見本だ。私が被害者の親であるなら、死んだわが子に係る不幸や理不尽や、ときには憎悪を抜きにして、みんな命を大事にしましょうね、なんて言ってるのを聞いたら、その校長にすべての憎悪を差し向けてやる。
このさいたま市内の私立高校(なぜ名前を出さないのだ!?)の場合、まもなく開かれるのであろう全校集会で語られるべきは、こんな鬼畜のようなヤツを飼っていた/同じ畜舎で飼われていたことにかんする、徹底的な羞恥の言葉であるだろう。
いや、先にも書いたとおり、この種のバカは学校なる場所には、悲しいけどいるのである。だが、取材をして、仮にバカがそう述べたとしても記者は、かならずしもバカの真実を伝えるのではなく、あるときは(この場合などは)ニュアンスを、捻じ曲げないとしてもボカすとか何とか、するべきだろう。(最悪なのは、ちがうニュアンスで語っているのに記事の文面がそうなってしまうケースだ。)
いずれにしても、取材するほうも、検閲するほうも、そして(ネットのただ読みはさておき)購読している者も、皆バカだから、こういう文字が躍ることのおぞましさに、気づかないのである。
2007.06.08.Fri 07:58 | メディア | trackback(0) | comment(0)
関テレ/フジテレビ系の(とキー局を並べるのはこんなの単独局のみの責任であるはずないからだ)の「あるある大事典II」の例の捏造事件は、悪いのは悪いに決まっているが、信じるほうがバカという次元での情報捏造も含まれていて、私はひそかに、そこまで騒ぐか?、と思うところがあった。あるいは、アレがだめなら、こっちはいいのか(その正しさを検証する仕組をそもそも持っているのか)、という疑問が他の番組にまつわっても頭から離れなくて、だからまたいつもの、そうやってひとを谷底に落とそうとするヤツこそいつかは自分が落ちるから、と思っていたのである。
そうしたら、昼のTBS系情報番組「ピンポン」が、高校生ゴルファー石川遼選手の取材のために同伴競技者にマイクをつけてプレーするように依頼していた件が、明るみに出た。
これ、まずは「あるある」の件があって放送倫理が再考されている時期であることにかんがみると、ただそれだけで相対的に「あるある」よりもヒドいといいうる側面がある。
だが、それだけではなく単純に、上述のごとく古典的ですらある情報捏造以上に、競技者のプレー中の音声を他の同伴競技者に録音させようとしていた事実が、ただもう絶対的に破廉恥なのである。
「あるある」と同様、即刻打ち切りが、この番組にたいしてふさわしい処置でしょ――ね、「ピンポン」に出演している言論人諸氏よ。
2007.06.06.Wed 12:44 | メディア | trackback(0) | comment(0)
朝日新聞が嫌いなわりに、ネットのニュースはasahi.comから開く(笑)。なぜだか考えるまえに、Googleニュース日本版というのも、たとえば何で愛媛新聞の記事で松井秀の活躍の記事を読まなきゃなんないのか、訝っておく。
さて本題は、そのasahi.comのスポーツ欄に踊った「満員の神宮 佑ちゃん舞う 東京六大学野球早慶戦」の見出しへの嫌悪である。いまに始まった扱いではないので、これまで放置した怠慢を詫びた(誰に?)そのうえで書くのだが、たとえ本文では本名で表記していようと見出しでこうなってしまうのは、単に堀江貴文をホリエモンと呼んでタレント化を促し、小泉純一郎の手法を批判しながら結果的にその舞台回しに手を貸していた、それらと同じ劇場化以外の何であろう。右であろうと左であろうと、かりにもこの国を代表する新聞たらんとするなら、「佑ちゃん」と書くのは、やめよ。あるいは、何も愚民が群れて真の野球ファンを嘆かせているとまでは分析しなくとも、観客増が球場近くのつぶれかかった蕎麦屋を救ったとかの、せめて社会面的なネタのときにしてくれないか。
2007.06.04.Mon 11:22 | メディア | trackback(0) | comment(0)
3月に亡くなった鈴木ヒロミツ氏が、ガン告知を受けてから死の数日前までつづった日記が、刊行されるのだという。死の恐怖が、書くことをつうじて緩和された、というのはありえる話で、そういう意味では今後、そういう死につつあるひと(余命日数を告知されたひと)だけが証明書付きで初めて入会を許可されるソーシャル・ネットワークもありうるだろう、と皮肉でも何でもなく(というのも私こそそうした人種でありえるからだ)書いておく。が、それと、旬を過ぎた芸能人のまで、そうしていちいち刊行する出版の世界のことは、別問題である。そういうので儲けたいか。あの名著『死の瞬間』ではないが、書けなくなる瞬間(正確には閾〔いき〕ですね)については少々興味があるからペラペラ頁を繰ってはみようかと思うけれど、まさか買うような代物ではない。そんな暇(というよりもお金かな?)があるのだったら、あなたより早く死ぬ親や、自分自身の、死に向かう日々のことをいまから思うべきである。
と、上のような感傷的なニュースと相前後して、筑紫哲也氏(このブログで何度も悪口を書いているから敬称は略したいが上段で他の人間に使っているので今日はこれで)がニュース23で、肺ガン初期の告知を受けたことを告白したらしいことを、知った。そのあと、TBSの公式サイトでそれが明かされた多事争論のコーナーの2分弱の映像も見た。が、「ガンにうち克つ」(だっけ?)といったコーナーでこの病の現代的問題を扱っていた当人がガンになりましたが、私もがんばってきます(しばらく療養のために休んで元気に復帰します)と、それはもう平凡以前の告白である。
西部邁氏がかつて某著で記したとおり、闘病記(昨夜の筑紫氏はカメラに向かって話すことでその初日分を「執筆」したのである)とは、「自分の病気との闘いが世間から感心されることを期待し、そうなることによって自分の死に意味を与え」るものにすぎない。このあとに続く、「特別者だけは闘病記の公表を通じて死の不安・恐怖を小さくすることができる。大方の人々は、そういう機会に恵まれず、たとえば裏町の薄汚い病院で貧しい家族だけに見守られて、人知れず死んでいく」という部分を引くと、西部はずいぶんおセンチな議論を展開していると思われるかもしれないが、数行空けて記される「人間が死にたいして抱く不安・恐怖は、基本的に平等である。しかも、死は人生の些事ではなく、まさしく決定的な出来事である。[中略]著名人の闘病記の公表は、その死における平等性を乱すという意味で、道徳的には認め難い」の、〈道徳〉の語の適切な使用によって、ジャーナリストなんだからこの自分の闘いを告知し、その経緯をきちんと伝えなきゃ、という勘違いに向けられることがふさわしい、剣〔つるぎ〕のような言葉となる。
まあでも、筑紫と似たようなものである鳥越俊太郎も同じように闘病を誇っていたし、あの小田実なんかも先日、手術はしないで化学療法で生き延びる風の声明を出していて、こういう輩がメディアをけっきょく利用しちゃっているのだと、呆れる。筑紫哲也も、だから告白などせず、ほんとうにしんどくなってきた段階で初めて休んで、戻ってこず、そうして死んでから「実はガンだったのか」となったら、カッコよかったのに。
2007.05.15.Tue 10:05 | メディア | trackback(0) | comment(6)
姜尚中と小森陽一については、このブログですでに書いたことがある。彼らが気持ち悪いのはその声や外見のゆえという以上に、自身の無謬性への馬鹿げた信頼のゆえだが、今夜(正確には昨夜)、ある人間について、このひとも同じ人種なのであることに気づいた。寺島実郎[2月16日夜、テレビ朝日系「報道ステーション」にコメンテータとして出演]である。
ところで、彼らの無謬感覚がひとえにアメリカを悪とする視点――アメリカがシリアや北朝鮮をそう見ている以上の――によって支えられていることは、いうまでもない。アメリカが善であるとは、私とて、これっぽっちも思っていないが、ただし、たとえばブッシュがクリントンであったところで9.11以降の対応はアレしかなかった、と私は思うものである(武力行使など無しで済ませられるならそれに越したことはないが)。
いずれにしても、無謬をただ信じ、静かに隠遁者のように生きているだけならこんなことを書きもしないが、彼らのようにその反米主義を飯のタネにしているような輩については、その化けの皮を剥ぐようなスキャンダル暴露が必要であるように思われる。そう、そのときはまた、こうしたメディア型人間に限って、まるで静かなる隠遁者のように自身のプライヴァシーを突然、主張したりするのだろうが。
2007.02.17.Sat 03:04 | メディア | trackback(0) | comment(0)
スペイン語で鳩を意味するパロマの名には、しかし誰が何といおうとパウロや、あるいはマタイさえに通じる、聖人的な響きがある。そのパロマの躓きの石〔スカンダロン〕。
パロマの前にはナショナルがそれに躓きかけて、逆にそれで点数を稼いだ。そういうことになっているが、「いま間違ったのは私です」と手を挙げる輩はそうして自己申告しないときにも5倍ほどミスっているという、アマチュア・オーケストラの教訓がある。
それはそうと、パロマのあとにリンナイが続いて、そうして昨日は大阪ガスが、ガス器具にまつわる死亡事故でマスコミに追及されている。
わが知人がアマチュア・オケから引き出したように、私もここから教訓を引き出そう。
否、一つは前の記事にも書いた、姦淫のたとえの正しさだ。
そしていま一つは、ガス器具は元々怖いということ。そうだ私は、一度だってガス器具を点火しながらこれが死の危険と隣り合わせであることを忘れたためしはない。冗談と思うだろう、しかしそれは、飛行機にたいする恐怖心と同様であり、現に私は日本国内の場合はその交通手段を使用したことがない。
海外に行くとき以外は飛行機を使わないようには、ガス器具を使わないわけにはいかない。という意味で、死はわが部屋にも忍び寄っている。
少し酔っているとはいえ、くだらない話を書いているな。
だが、事がパロマだけの問題でないことが明らかになりつつある、というだけで、リンナイと大阪ガスの件には意味がある。
ガスだけでなく食の問題にまつわっても第二、第三の不二家が出てきて、そうして皆が口にできるものが無くなるところまで、いっそ事態は深刻化すればいい。
安全性の追求など際限がなくて――奈良の崖崩れで死者が出たことにまつわって行政の対策の不足を言い募る者は危険箇所がすべて通行禁止となって交通が麻痺することに対しても文句をいうなよ――、少々安全性が低くなったところで、この同じ世界の飢える人びとにより多くの食が提供されるほうがベターだ、という奴が何で出てこない?
2007.02.12.Mon 03:01 | メディア | trackback(1) | comment(0)
聖書を読む者(信仰する者とは限らない)には周知の禁止の定言命令に姦淫のそれがあって、マタイ書(第5章第28節)では「みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである」とまで表現される。だが、同じマタイのなかに見出せないのが残念なのだが、ヨハネ書(第8章第7節)には「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と、イエスは言ったのである。「子どもを産む機会」の失言を捉えて、「心の中で思ってもいけないこと」と発言した青木幹夫・自民党参院議員会長は、ならば失言の主を護る決意を固めた安倍総理に抗って、失言の主に石を投げ続ければよいのではないか。同じ問題をめぐって、女性議員や労組の女性組員の前で「許さない」と息巻く小沢一郎・民主党代表に至っては、事務所費で不動産を購入してきた自身にやがてその石が投げ返されることを、今から覚悟しておくがよい。宮崎哲弥しかり。もともとテレビ映えしない顔貌にも視聴者が慣れるくらいの露出度で、新タイプ知識人の行き方を切り拓いているのは喜ばしいかぎりだが、TBS系の昼間の情報番組で不二家のアルバイト社員だかの告発インタビューに何らの疑念も抱くこともなく頷き、その袋叩きに加担しているのは、親族が経営する水道管会社(だっけ?)が談合に関わっていない保証もない、みのもんたと変わるところのないメディア芸人ぶりである。小泉タウンミーティングのヤラセを非難した新聞社が自身が企画する政府系フォーラムでサクラに呼んでいた、それを批判していた新聞社がまた数日後に同じような仕儀がバレて謝罪会見をおこなって…。だから繰り返しておく、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」。
2007.02.04.Sun 19:36 | メディア | trackback(0) | comment(0)
さっき久びさに更新したのに、もう次のを。
だってね、書き物だけ読んで以前から気持ち悪い輩だと思っていたがナマで見ると、小森陽一という男、相手の話に応接するというよりも前もって考えていた持論をもったいぶって話す仕方やら、ひとを指差す仕方やら、思った以上に気持ち悪い。(顔やファッションもむろん。)
しかもその隣には姜尚中が。
寝つきが悪くなりそうだな、今夜は。
2005.11.05.Sat 02:51 | メディア | trackback(0) | comment(0)
開票当夜の特番を除くと、衆院選後初の「朝まで生テレビ」。
明日=土曜日も出勤だから当然、朝まで付き合ってられないが、ちょっとテレビを点けたら、小泉・自民党が三分の二の議席をとった〈結果〉の是非から問うていて呆れた、呆れた。
皆、まじめにマルとかバツとか採点して、勝手なこと言ってる。
姜尚中。
あら、無印。どういう理由で?
ところがニタニタ笑いながらムニャムニャと籠もった語りで、何を言いたいのか、けっきょくわからぬ。
発言の内容以前だ。
腹から声を出せ、姜尚中!
2005.10.01.Sat 02:00 | メディア | trackback(0) | comment(0)






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